失われゆく敬意の時代

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現像所で、フィルム現像が仕上がってくるまでは、
どんなにミスなく完璧にやっていた自信があっても
胃がきりきり痛んだ。
 
スタジオ、セット、タレント、メイク、衣装、
その日その時にしか撮れない奇跡。
時に驚くような総予算がつぎ込まれもするから責任の重さは推して知るべし、である。
この目で仕上がりがちゃんと見ない限りは、安心できぬものなのだ。

ポジフィルムなど撮影・現像された1カットは、
世界に“それしかない”「唯一無二の物質」と言ってよい。
フィルムなんてたかがポリエステルのベースに感光材を塗っただけの物なれど、だ。
 
その後「唯一無二の物質」は、バトンのようにクライアント・デザイナー・印刷会社とわたり、
どの工程でも大事に扱われた。
 
ごく自然に(あるいは無意識かもしれないが)「敬意」が確かに存在していた。
それは、大きくとらえて写真自体への敬意でもあったし
生み出すカメラマンにもその心は向けられた。
 
過去形で語らなくてはならない事が、少し哀しい。

預かり知らぬところで次々と再利用再々利用されて行く写真、
予算が存在しない撮影案件。。。
今繰り返される摩訶不思議な現象に、
僕らはとまどうばかり。。。
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(上記、愚痴でもなければ、懐古の情でもなく、ましてやフィルム讃歌でもない。
新たな価値観の時代に入っているという認識を持つ必要性。
ポジティブにとらえると、何が見てくるのか、
僕にはもう見えてきているが、もう少し要検証。)

 

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