市川準さんを思う

L1000324

昭和から平成へと移り変わった時、僕はCM制作の最大手企業に入社した。
大学を自主的に1年留年し、そのプラス1年間でみっちり映像の勉強、
その上で決めた進路だった。
 
時は、バブルの真っ最中。
広告業界は活気に満ちていた。
その時代の才能あふれる人材が、集っていた。
 
とは言え、僕は撮影部で、昔ながらの厳しい徒弟修行の日々。
まぶしい華やかな世界の下で、寝る間もなく働いた。
 
撮影部は、どの職種よりも「現場」の機会が多い。
早朝に集まって、深夜まで。
そしてまた、夜があける前から現場へ。
重い重い鋳物の塊である映画カメラを担いで、
やたらにでかいフィルムのロールを黒い袋の中で取り替えたり
ファインダーをのぞく事なくカメラヨコからピントを合わせ続けたり、
怒られたり、寝てなくて鼻血だしたり、
そんな日々を過ごしていた。
 
ある日の事、川崎方面にある246スタジオという場所で味噌のCM撮影があった。
スタジオ全体が冷蔵庫になる設備の中で、温かなみそ汁を撮るのだ。
今では湯気などCG合成だが、当時は湯気だし専門の職人がいたり
こうしてスタジオ全部を冷やしてみたりと、苦労が伴うものであった。
僕たちは、冬物のダウンを着込んでスタジオに入り、
白金カイロでバッテリーを暖めた。
 
撮影準備ができ、僕は監督(CMディレクター)をお呼びしに外へ出る。
まぶしい日差しに目を細め、監督を捜す。
監督は、日だまりの中で、分厚い文庫本を読んでいた。
大きな体で、小さなイズに座って、足を組み。
 
「準備できました!」と声をかける僕に、
「おお」と一言。
読みかけのページに紙を挟んで立ち上がった。
 
監督の名は、市川準さん。
言わずと知れたCMディレクターの大巨匠である。
 
現場で怒鳴る事も慌てることもない、物静かなのだけど迫力がある、
こだわりも強く、ご自身の哲学に揺るぎがない。
大きな存在に思えた。
 
その後も、僕は様々な現場でご一緒する機会に恵まれた。
宮沢りえさんがビートたけしさんと夫婦を演じたエースコックのCM、
ユーミンの歌をバックに男女の青春が描かれた麒麟ラガービールのCM、
などなど。
ある時には、ライカM6(当時の最新機種)を買われた監督と
ライカ談義などをさせていただいた事も。
古いエルマーをつけていらっしゃった事が
とても印象に残っている。
 
監督は、とてもとても長くワンシーンを撮る。
ほんの1、2秒のカットでも、1000フィートフィルムがガラガラと回る。
1000フィートでだいたい10分くらい。
役者が役を演じる姿というより、その状況の中で登場人物がちゃんと生きている、
そんな姿を大事にされているように僕には写った。
そして、その中の大事な1秒2秒という時間を切り出して行く。
 
監督は、映画の作品も多く手がけていらっしゃる。
映画では、1秒2秒ではなく、長く撮ったものが長く使われている。
あー、これは市川監督のワールドだ、とすぐに理解できるものだ。
役者は、その中のセカイで、生きているんだ。
皆、静かでね。
とてもいいんだ。
 
ドタバタと人々が右往左往する撮影現場。
そのスタジオ横で、準備が整うまでの時間を過ごす監督は、
やっぱり静かで、あたたかな日だまりの中におられるのだろうなぁと
思うのであった。
 
・・・・・・・・・・・・・・・・
 
ちょっと探してみました。文中のCMです。
1、エースコックのスーパーカップ
2、ラガービール
 
以下は、好きな市川監督CMを探してみました。
ほんだし
こちらでは現場の様子が出てきますね。
リハウスは池脇さんの「転校」90秒バージョンがグレート!!
サントリーオールドの恋は遠い日の花火ではないシリーズ。
最後に若き大森南朋さんが出てますね。
そのすぐ後に、映画の仕事(その頃僕は、写真の世界でカメラマン業、メイキングをふくめた写真集を担当してました)でずっとご一緒し
オールドの話をしたり。
その映画のプロデューサーお二人が、市川監督の「トキワ荘の青春」のプロデューサーコンビだったりと、なかなか面白いものでした。

 

 

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