4年前9月6日の日記

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我が子は今、小学校6年生。
最近よく自分が同じ年齢だった頃のことを振り返る。
 
昭和52年、小学校6年生であった僕の
9月6日の話を、少しだけ。。。
 
・・・・・・・・
 
その頃の僕は
毎夜、重度の喘息発作が続き
入退院を繰り返す日々だった。
救急病院の常連で、点滴や静脈注射、吸入など治療をしてもらい、
しばらく暗い部屋に置かれた真っ白なベッドで安静に。
帰宅は深夜になる。
それでもまた薬の効き目がきれる6時間後には
苦しくなり咳が止らなくなった。
また病院へ行き、そのまま入院、という流れだ。
 
先の見えない日々。
決ってみる夢は、暗闇の中、沼地の中を必死に前に進もうとする自分の姿。
悪循環、八方ふさがり、負のスパイラル、
焦燥感と閉塞感が支配していた。
 
成長期の体に無理も多かったのだろう、
咳のしすぎで左胸の肋骨は強く凹み、
強いステロイド薬の副作用で、体のあちこちが蝕ばまれつつあった。
 
両親は、一つの決心をしていたようだ。
東京の中野に入院しながら付属する学校(分校)に通う病院があるという情報を得て
見学をしてきたらしい。
小学校を出ると同時に、中学の3年間をそこですごさせよう。
それで解決とはいかなくても、何か一つでも手を打とう。
わらをつかむ、だったのかも知れない。
 
病状の回復が見られなかった夏の終わり、
その病院と付属する学校にお世話になることとなった。
 
昭和52年9月6日、
ひとり親元を離れ、3年半にわたる長期入院に入った。
小学校6年。卒業まであと半年の苦渋の決断だった
 
その日に見たあらゆる光景を
今も鮮明に覚えている。
 
・・・・・・・・
 
結婚後5年の歳月を経た頃
子供を授かった。
もちろん体質が遺伝することはわかっていた。
それ故の悩みも苦しみもあり
自分を責めることもあった。

しかしそれは
分娩室で我が子と対面した瞬間に
全て吹き飛んでいった。
 
どんな言葉で語っても言い表せないほどの
おおきな決心をした瞬間だった。
 
・・・・・・・・
 
今朝も、学校へ通うわが子を見送る。
娘、小学校6年生。
9月6日。
 
元気いっぱいです!!

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